2009年4月

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2003/08/20
「どうしておばあちゃんはそんな大きなお耳をしているの?」「それはね……お前を食べるためさ!」(ガバッ)。北条です。


【教師シリーズ(2)】 独裁に魅入られた女O先生

シリーズ第2弾。小学校時代から順を追っていこうと思う。

4年生の担任K教諭は、初日に「やさしい」と明言したのにざわめく生徒にぶち切れて

30分の説教を始めたことはどこかで書いた気がする。そいつはその記憶以外ないからおしまい。

5、6年の担任がO先生だった。今思えば小学校のとき、担任全員が女だったらしい。

これは新発見である。明日学会に発表します。

そのO先生と私はかなりの衝突があった。というより全員と火花を散らしあっていた。

私は彼女をこう呼ぶ。女スターリンと。

革命家でありながら、独裁魂の強い女スターリンO先生。上昇魂が強い。

出世のためなら自分の生徒は単なる踏み台とぐらいしか思っていない。

もう生徒が「わ、わたしたちを踏み台にした!」とか反論(していません)。

「O先生のクラスの生徒は学年で一番点数がいいね」とか

「O先生の生徒はいろいろと意見を出してくれるね」とか

「O先生のクラスの作品は一番よかったね」

などと言われたいがためにもう必死。クラス対抗算数テストなどというありえない企画もやっちゃう。

なんか独自開発の漢字テストなどを強制的にやらせて、学年一の漢字クラスになったらしい。

漢字がよくできても、感じの悪いクラスになってしまったことは本人は知らない。

それで他のクラスに負けた日には、もうお通夜みたいな雰囲気の中で説教。どうなってるんだ。

普段からできの悪い私などはもうクラスのがんとでもいいたいかのように罵られた。

学芸会も他のクラスが劇なら音楽を、他のクラスが音楽なら劇をやるというひねくれぶり。

とにかく目立ちたい。仕切りたい。アイアムルール。アイアムスペシャル。アイアムサムである。

その劇ももうそこらの学芸会のグリム童話レベルではない。日本の歴史を劇化した独自脚本兼監督。

それはそれは練習させられましたよ。家でも「あえいうえおあお」と発声練習してたもん。

いよいよ配役決定! でもお気に入りからいい役が与えられる。

嫌われ者の私は“音響・照明係”。いや、発声練習、意味ないじゃん! 唯一舞台に出ない人。

しかも「合戦の音」「戦争の音」「波の音」を集めてきなさい、と無理な注文。

パチンコ屋の軍艦マーチ流したら殴られた。もう1人の音響だった親友のM君も困り顔。

「つぎっ! 合戦の音はどうしたの!」と、パイプ椅子にふんぞり返る自称監督から催促。用意していない。

すると突然M君が「カキン、カキン、ドキューン、ぐえー」と叫びだした。

これには役者(生徒)が大爆笑。しかしシリアスドラマに笑いは無用。監督大激怒。

あとでみっちりと説教を食らいました。なぜか私まで。

「いやー、すばらしいドラマでしたよ」ときっと校長も褒めたことでしょう。

その裏で何人泣いていたか知る由もなく……

態度の悪い生徒を「出て行け!」と追い出してから、後で車で必死に追走したり、

反省の色を見せない生徒に怒り、説教中に授業放棄して出て行ったりと感情不安定な一面もある。

別名作文先生。すぐに原稿用紙を渡す。すこしでも悪いことをしたら反省文5枚がデフォルト。

トイレ掃除の時間に遊んでいたのがばれて、反省文。もちろんM君も一緒。

しかも担当地区の3年生の教室とかに謝りに行かされる。

「えらいねー、わざわざそんなことを言いに来るなんて」とそこの担任は言った。

(いや、強制です)と心の中で愚痴る。我々を踏み台にして名声を得ていくO先生。

卒業間近もいろんな先生に感謝作文を書かされていた。校長に、教頭に、スターリンに。

「いやー、こんな感謝文を書いてもらうなんてO先生の生徒は違いますねぇ」

(いや、強制です)と心の中で愚痴る。我々を踏み台にして名声を得ていくO先生。

「私にも感謝作文を書いてください」てか自分で感謝文っていうか、普通。

しかも書いたものみんなの前で読み上げるんですぜ、だんな。お前はバカかと。

卒業作品が校歌のレリーフ作り。もう体育館とかに飾られる奴。O先生監修とか文字入って。

数十枚もの板切れで、各々が担当の文字列部分を彫っていく。人によっては曲線が多くて難しかったりする。

私は左上の角を担当。「うおー、大役を授かった」。文字1文字もねえし。彫るだけ。10分で終了。

何か非常に痛い時代だったような気がする。先生のためにある生徒、クラスってなんだろう。

卒業以来一度も会っていないO先生であるが、なんでも各地で講演したり教育委員会に取り入ったりしているらしい。

しっかりと我々を踏み台にして昇っていったようであります。

ぜひ、講演会に出かけていって「合戦の音」を叫びたいものである。