2009年4月

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2004/01/30
 今日は電気屋のマッサージ機の使い心地を確かめるという、新ビジネスの研究をしていました。北条です。


今年に入ってから情緒不安定な日々が続いておりまして、涙もろい性格も再発してきました。

こうなったら涙腺の蛇口を全開して、文字通り涙枯れるまで泣いてみようと思って買ってまいりました。

話題になっていた本です。「世界の中心で、愛をさけぶ」

帯にも「泣きました」という柴咲コウのコメントがあります。すべての元凶はコイツです。

結果から言うと、珍しく泣くには至らなかったんですが、所詮私は鬱病患者なのであてにはなりません。

しかし、少なくとも私は大きな誤解をしていることに気がつきました。

Webで書評を見たり、本屋で立ち聞きなどをしていると、その意見は完全に二分していることがわかります。

本の周りをぐるぐる回っていますと、声が聞こえてくるんですよ。

「ねえ、これ読んだ?」「ん~、私的にはちょっと……」
「これ絶対泣けるよ。読んでないなら絶対に読むべきよ」

などと1時間もうろうろしていれば情勢はつかめてきます。

その後、警察に不審者扱いで連れて行かれたのは、言うまでもないんですけどね。

Web書評においても、だいたい同じようなことが書いてあるんですね。ところが、全国民がすごい間違いを犯しているんです。

泣けた     → ○いい本
泣けなかった → ×いうほどのことではない本

この図式が作られているのです。これってすごい失礼な話です。

私も一瞬この錯覚に陥って、自分を恥じました。

だって、どうみても片山先生が泣かす目的で書いていないからです。

泣かせるためだけの本を書くのであれば、あんな手法を使いません。

なにしろヒロインが表紙で死んでいるんですから。そう書いてあるんですから表に。

確かに中高生のピュアな恋愛と死を結びつけることで、感極まるものはあります。

でも、先生はそのことだけを描写したかったわけではないのです。

どの書評を読んでも一切、触れられていないことがあります。

第5章

あの章がなぜあるか。あそこに込められているものは何か? 誰も触れてはいません。実はあれこそが物語の核心です。

むしろこの章だけ何回も読んでいるんですが、そのうち泣けてきましたね。ああこれなんだなって。

それを「恋人の死」が泣ける泣けないと表面上のことだけを追って評価されているのが残念でなりません。

これは版元のせいですよ。芸能人が感動した本、泣ける本→さあ、買いなさい、みたいな。

戦略といえばそれまでだけど、確かにそれで売れたんだけど……

あとこの物語の「核」にあたる部分で、心情的にありえない矛盾があります。演出とはいえ、少し気になりました。


というのが、書籍の話でありました。

なんか映画化するらしいじゃないですか。人気が出ればすぐ映画化。最近の悪い兆候です。


主演:大沢たかお(35)&柴咲コウ(22)  (゚Д゚)ハァ?

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なめるな!


中高生の恋愛話にこのキャスティングはどういうことだ!

書評を書いたからって、主演扱いか? 演技は知らんが、目つきの鋭いあの怖そうな女優が?

これで「中高生に戻ったつもりでヒロインの気持ちになって演技します☆」とかいったら埋めるぞ!


と思っていたら、話自体が違って、大人の話にアレンジしてあるらしい。

原作は、回想シーンで語られる部分で、違う役者なんだって。それならナットクだ!


な、わけねえだろ!


もう原作関係ないじゃん。別な話になっちゃってるジャン!

容易に想像できる。この柴なんちゃらを主演させたいだけだろ、お前ら。

「う~ん、中学生役はさすがに無理だろうね」
「じゃあ、そこは回想シーンにしちゃって大人の恋愛にしちゃいましょう」
「あっ、それ、ナイスアイデア!」



(^∀^) (^∀^) (^∀^) (^∀^) (^∀^) (^∀^) (^∀^) (^∀^) (^∀^) (^∀^)









なめるな!