2004/07/31
いよいよ今日は、年に1回の「隅田川花火大会」ですね☆ さて、更新でもするか。北条です。
その日……私は駅の構内で、新聞を片手に泣いておりました。
私が競馬を始めたのは高校1年生のときなのですが(犯罪です)、
適当に馬券を買っていただけのような(犯罪です)気がします。
そして大学1年生の時に「ライスシャワー」に出会ったのです(年ばれる)。
初めて1頭の馬を応援するということをしました。
「トウカイテイオー」も好きで、その復活劇で涙を流しました(予備校で)。
私もライスシャワーはもう闘争心が消えてしまったものだと思っていました。
いつしかそのうち引退しちゃうだろうな、と思っていました。
そして、その1年前にトウカイテイオーが復活した有馬記念で、夢を買いました。
「ライスもここで復活してくれるんじゃないだろうか?」
そんな期待がありました。
馬の体重は平均460~470Kg。ライスシャワーは430~440Kgという小柄な馬でした。
なんか親近感が沸きますよね(ぇ
そしてその有馬記念で応えてくれたのです。3着。
もうどん底からの復活にしては十分すぎる成績です。
競馬はほとんどが1600~2400mの戦いです。その距離で成績を収めていないライスは
簡単には種牡馬になれなかったのです。もう1冠を目指して戻ってきたのです。
そして、迎えた天皇賞。
もちろん単勝馬券を握り締め、私は見守りました(犯罪です)。
「勝てる! 勝てるぞ!」久々のライスの走りに私は興奮しました。
そして宝塚記念人気投票1位。今まで憎まれ役だったライスに人々が賞賛した瞬間でした。
しかし、これがアダになるとは誰も予想できなかったのです。
重馬場を疾走したライスは元々体が弱いため、本来は休ませたかったのです。
しかし、全競馬ファンの支援に「疲れている」という理由で辞退はできなかったのです。
そして、これは阪神大震災の年でした。使われるはずの阪神競馬場が使えず、
ライスが愛した京都競馬場が使われたのです。
しかし、新しく張られた芝はまだ固かったのです。
疲れた体でアスファルトの上を激走する姿を思い浮かべるとよいでしょう。
そして、ライスは帰らぬ馬となってしまいました。
私はこの様子を中京競馬場のテレビで見ていました。
転倒した瞬間、時が止まりました。気が付いたらレースは終わっていました。
骨折(脱臼)した馬は高い確率で安楽死処分。そんなことはよく知っていました。
でも……でも、もしかしたら……
そんな願いは、早朝のスポーツ新聞の記事で吹っ飛びました。
FLASHにも登場させた新聞です。未だに大事にとってあります。
私は駅の構内で泣いていました。人目も憚らず泣いていました。
「復活」という二字を、感動を与えてくれた愛馬が逝ったのです。
それから3年間は競馬ができませんでした。
亡くなったことはこの上なく残念ですが、ライスに出会えてよかったと思います。
そんな思いを込めて作ったFLASHでした。
名馬でありながら巷に出ていなかったので、自作してみました。
今は、ただ冥福を祈るばかりです。
その日……私は駅の構内で、新聞を片手に泣いておりました。
私が競馬を始めたのは高校1年生のときなのですが(犯罪です)、
適当に馬券を買っていただけのような(犯罪です)気がします。
そして大学1年生の時に「ライスシャワー」に出会ったのです(年ばれる)。
初めて1頭の馬を応援するということをしました。
「トウカイテイオー」も好きで、その復活劇で涙を流しました(予備校で)。
私もライスシャワーはもう闘争心が消えてしまったものだと思っていました。
いつしかそのうち引退しちゃうだろうな、と思っていました。
そして、その1年前にトウカイテイオーが復活した有馬記念で、夢を買いました。
「ライスもここで復活してくれるんじゃないだろうか?」
そんな期待がありました。
馬の体重は平均460~470Kg。ライスシャワーは430~440Kgという小柄な馬でした。
なんか親近感が沸きますよね(ぇ
そしてその有馬記念で応えてくれたのです。3着。
もうどん底からの復活にしては十分すぎる成績です。
競馬はほとんどが1600~2400mの戦いです。その距離で成績を収めていないライスは
簡単には種牡馬になれなかったのです。もう1冠を目指して戻ってきたのです。
そして、迎えた天皇賞。
もちろん単勝馬券を握り締め、私は見守りました(犯罪です)。
「勝てる! 勝てるぞ!」久々のライスの走りに私は興奮しました。
そして宝塚記念人気投票1位。今まで憎まれ役だったライスに人々が賞賛した瞬間でした。
しかし、これがアダになるとは誰も予想できなかったのです。
重馬場を疾走したライスは元々体が弱いため、本来は休ませたかったのです。
しかし、全競馬ファンの支援に「疲れている」という理由で辞退はできなかったのです。
そして、これは阪神大震災の年でした。使われるはずの阪神競馬場が使えず、
ライスが愛した京都競馬場が使われたのです。
しかし、新しく張られた芝はまだ固かったのです。
疲れた体でアスファルトの上を激走する姿を思い浮かべるとよいでしょう。
そして、ライスは帰らぬ馬となってしまいました。
私はこの様子を中京競馬場のテレビで見ていました。
転倒した瞬間、時が止まりました。気が付いたらレースは終わっていました。
骨折(脱臼)した馬は高い確率で安楽死処分。そんなことはよく知っていました。
でも……でも、もしかしたら……
そんな願いは、早朝のスポーツ新聞の記事で吹っ飛びました。
FLASHにも登場させた新聞です。未だに大事にとってあります。
私は駅の構内で泣いていました。人目も憚らず泣いていました。
「復活」という二字を、感動を与えてくれた愛馬が逝ったのです。
それから3年間は競馬ができませんでした。
亡くなったことはこの上なく残念ですが、ライスに出会えてよかったと思います。
そんな思いを込めて作ったFLASHでした。
名馬でありながら巷に出ていなかったので、自作してみました。
今は、ただ冥福を祈るばかりです。












