2005/08/15
朝の顔って言ったらやっぱりこの人ですよね。
「おぐらさ~ん!」

「は~い、小倉智昭です。またもや世間をにぎわすいやな事件が……
「小倉さん、違う、違う。今日は日曜日だよ」
「え? 日曜日? これ、特ダネじゃないの?」
「何ぼけちゃってるのさ。日曜日の朝っていったら」
「“パソコンサンデー”じゃないの!」
オープニング曲
というわけで実家の納戸を漁っていたら懐かしいものが出てきた。
パソコンサンデーというのは、ファミコンが発売されるよりも前から
パソコンマニア(当時オタクという言葉はない)をターゲットにプログラミングについて
いろいろアドバイスをするというシャープ提供の番組だったのだ。
ツタンカーメンのX68000を懐かしむ人もいるだろう。
プログラムといっても当時のメディアはフロッピーさえないカセットテープだったので、今の若い人にはまったく検討がつかない世界だと思う。
当時の冊子の宣伝が

マリオブラザーズっていうところが泣けるよね。だって……

ハドソン版だよ。
司会は大和田獏から小倉智昭へ移り、ドクターパソコンこと宮永教授が視聴者のプログラムをアドバイス。

故・宮永教授(ていうかシャープの人)
そして、さわやかな朝から暑苦しそうな高橋雄一さんがプログラムのテクを披露。
このとき、はじめてプロのタイピングというものを見て驚いた覚えがあります。
未だにあの時見たタイピングの20分の1のスピードです。
そしてそして、私が唯一(?)楽しみにしていたコーナーがゲームコーナーだったんですが、
高橋名人が出るよりももっと前からゲーマーとして、神の域に君臨していた男であります。
当時大学生、むしろ永久的に大学生だったんじゃないかと言われるその人こそ
山下章氏なのである。
当時、テレビの向こうで新発売のロマンシアのデモプレーをしていたのは、未だ鮮明に網膜に焼きついています。
もし今の時代に、真面目な顔で道化師殺人事件の紹介をしていたらさぞ滑稽でしょう。
「このゲームは、コマンドを英語で打ち込むんですよ」
ヾ(´Д`;) アリエナイ……
そんな山下章氏が有名になったもう1冊の本がプログラマーのバイブル「ベーマガ」ことベーシックマガジン。

ベーマガも実家から発掘された。
ベーマガことベーシックマガジンはその名のとおりベーシック言語の本だ。
今のプログラマーの中にも、この本でベーシックから始めた人も多いかもしれない。

中は一般の人が自作のプログラムを送ってきてそれを掲載するというもの。
フロッピーとかのおまけもないものだから、そのプログラムをそのまま読者は打ち込むしかない。

こういったものをひたすら打ち込んでいく。
なんでこんな面倒なことをしなくてはならないのか、と思われるが
自分の作ったものでなくても、打ち込み終わってそのプログラムやゲームが稼動すると感動するものでした。
「SYNTAX ERROR」「Illegal Function Call」なんてエラーを潜り抜けるわけです。
「10 WIDTH 80,25」とか「20 CLS 3」とかいう単語で懐かしむ人もいるだろう。
まあ、そうやりながらプログラミングのコツを覚えていくんですよね。私は覚えませんでしたが。
そんなベーマガも時代が変わると、プログラムだけでは難しいと考えたのか、
市販のゲームを紹介したりするようになったわけです。
そのゲームレビューや攻略コーナーで一躍有名になったのが先日の「山下章」氏なのです。

いつしかコーナーまでできるようになりました。
子供心に「こうゆう仕事ってゲームをただでできるんだろうなぁ」とか思っていて
「将来はゲームのレビューをする人になりたい」とか思ったもんでした。
まさかこんな形で夢が実現するとは思いもしませんでしたが
それと、後ろについていたペーパーアドベンチャーが好きでしたね。
これは文字通り紙の上でアドベンチャーができるというもの。
- - - - - - - - - - - - - - - - -
2.巻物が落ちている
拾う → 4へ
無視して進む → 5へ
- - -
4.あなたは穴に落ちてしまった。残念 私の冒険はおわってしまった。[END]
- - -
5.行き止まりじゃ → 2へ戻る
- - - - - - - - - - - - - - - - - -
といったように番号に沿って次から次へと進めていくもの。
結構子供の頃にはやったりして、作った覚えもある。
それはともかく、1989年のベーマガはどんな時代だったかを見てみよう。

新作レビューは「シムシティ」

人気のPCゲームは「大航海時代」「栄冠は君に」「プリンス・オブ・ペルシャ」「ポピュラス」
人気のファミコンは「Dr.MARIO」「ハットリス」「テトリス」なぜかパズルゲームばっかり。
15年以上前の懐古話でした。懐かしめる人がいれば懐かしんでみてください。
「おぐらさ~ん!」

「は~い、小倉智昭です。またもや世間をにぎわすいやな事件が……
「小倉さん、違う、違う。今日は日曜日だよ」
「え? 日曜日? これ、特ダネじゃないの?」
「何ぼけちゃってるのさ。日曜日の朝っていったら」
「“パソコンサンデー”じゃないの!」オープニング曲
というわけで実家の納戸を漁っていたら懐かしいものが出てきた。
パソコンサンデーというのは、ファミコンが発売されるよりも前から
パソコンマニア(当時オタクという言葉はない)をターゲットにプログラミングについて
いろいろアドバイスをするというシャープ提供の番組だったのだ。
ツタンカーメンのX68000を懐かしむ人もいるだろう。
プログラムといっても当時のメディアはフロッピーさえないカセットテープだったので、今の若い人にはまったく検討がつかない世界だと思う。
当時の冊子の宣伝が

マリオブラザーズっていうところが泣けるよね。だって……

ハドソン版だよ。
司会は大和田獏から小倉智昭へ移り、ドクターパソコンこと宮永教授が視聴者のプログラムをアドバイス。

故・宮永教授(ていうかシャープの人)
そして、さわやかな朝から暑苦しそうな高橋雄一さんがプログラムのテクを披露。
このとき、はじめてプロのタイピングというものを見て驚いた覚えがあります。
未だにあの時見たタイピングの20分の1のスピードです。
そしてそして、私が唯一(?)楽しみにしていたコーナーがゲームコーナーだったんですが、
高橋名人が出るよりももっと前からゲーマーとして、神の域に君臨していた男であります。
当時大学生、むしろ永久的に大学生だったんじゃないかと言われるその人こそ
山下章氏なのである。当時、テレビの向こうで新発売のロマンシアのデモプレーをしていたのは、未だ鮮明に網膜に焼きついています。
もし今の時代に、真面目な顔で道化師殺人事件の紹介をしていたらさぞ滑稽でしょう。
「このゲームは、コマンドを英語で打ち込むんですよ」
ヾ(´Д`;) アリエナイ……
そんな山下章氏が有名になったもう1冊の本がプログラマーのバイブル「ベーマガ」ことベーシックマガジン。

ベーマガも実家から発掘された。
ベーマガことベーシックマガジンはその名のとおりベーシック言語の本だ。
今のプログラマーの中にも、この本でベーシックから始めた人も多いかもしれない。

中は一般の人が自作のプログラムを送ってきてそれを掲載するというもの。
フロッピーとかのおまけもないものだから、そのプログラムをそのまま読者は打ち込むしかない。

こういったものをひたすら打ち込んでいく。
なんでこんな面倒なことをしなくてはならないのか、と思われるが
自分の作ったものでなくても、打ち込み終わってそのプログラムやゲームが稼動すると感動するものでした。
「SYNTAX ERROR」「Illegal Function Call」なんてエラーを潜り抜けるわけです。
「10 WIDTH 80,25」とか「20 CLS 3」とかいう単語で懐かしむ人もいるだろう。
まあ、そうやりながらプログラミングのコツを覚えていくんですよね。私は覚えませんでしたが。
そんなベーマガも時代が変わると、プログラムだけでは難しいと考えたのか、
市販のゲームを紹介したりするようになったわけです。
そのゲームレビューや攻略コーナーで一躍有名になったのが先日の「山下章」氏なのです。

いつしかコーナーまでできるようになりました。
子供心に「こうゆう仕事ってゲームをただでできるんだろうなぁ」とか思っていて
「将来はゲームのレビューをする人になりたい」とか思ったもんでした。
まさかこんな形で夢が実現するとは思いもしませんでしたが
それと、後ろについていたペーパーアドベンチャーが好きでしたね。
これは文字通り紙の上でアドベンチャーができるというもの。
- - - - - - - - - - - - - - - - -
2.巻物が落ちている
拾う → 4へ
無視して進む → 5へ
- - -
4.あなたは穴に落ちてしまった。残念 私の冒険はおわってしまった。[END]
- - -
5.行き止まりじゃ → 2へ戻る
- - - - - - - - - - - - - - - - - -
といったように番号に沿って次から次へと進めていくもの。
結構子供の頃にはやったりして、作った覚えもある。
それはともかく、1989年のベーマガはどんな時代だったかを見てみよう。

新作レビューは「シムシティ」

人気のPCゲームは「大航海時代」「栄冠は君に」「プリンス・オブ・ペルシャ」「ポピュラス」
人気のファミコンは「Dr.MARIO」「ハットリス」「テトリス」なぜかパズルゲームばっかり。
15年以上前の懐古話でした。懐かしめる人がいれば懐かしんでみてください。





